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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)9282号 判決 1971年8月27日

原告 斯波俊夫

右訴訟代理人弁護士 江藤馨

被告 梁庚

右訴訟代理人弁護士 安藤武久

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

被告は原告に対し、別紙物件目録第二記載の建物(以下本件建物という)を収去して同目録第一記載の土地(以下本件土地という)のうちその敷地部分を明け渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二  被告

主文と同旨の判決を求める。

第二主張

一  原告(請求の原因)

1  原告は、昭和四五年五月一五日、東京地方裁判所における強制競売において本件土地上にある別紙物件目録第三記載の建物(以下競落建物という)を競落してその所有権を取得し、同年七月一六日、その所有権移転登記を経由した。そして、同年七月一八日、不動産引渡命令の執行により右建物の前所有者武蔵野自動車工業株式会社からその引渡を受けた。

2  右武蔵野自動車工業株式会社は、昭和三七年八月頃、本件土地のうち競落建物の敷地を含む二〇〇坪(六六一・一五平方メートル)を所有者三原金吾から建物所有の目的で期限の定めなく賃料一か月金二万円の約束で賃借した。そして、原告は、前記競落によって競落建物の所有権を取得するのと同時に本件土地に関する右賃借権を承継取得した。もっとも、右賃借権の取得につき未だ賃貸人である三原の承諾は得ていない。

3  ところが、その後右武蔵野自動車工業株式会社は、原告が承継した右賃借地上に、競落建物に隣接して本件建物を建築所有し、昭和四五年八月六日、その保存登記を経由し、ついで、これを被告に譲渡し、同年八月一一日その所有権移転登記を経由した。したがって、本件建物は被告の所有に属し、被告は、これを所有して本件土地のうちその敷地部分を占有している。

4  よって、原告は、被告に対し、前記競落によって承継取得した土地の賃借権に基づき、本件建物を収去してその敷地を明け渡すことを求める。

二  被告(請求原因に対する答弁)

1  請求原因第1項の事実は知らない。

2  同第2項の事実中訴外武蔵野自動車工業株式会社が本件土地の所有者三原金吾から本件土地のうち競落建物の敷地を含む一八〇坪(五九五・〇三平方メートル)を賃借したことおよび原告が本件土地の賃借権の取得につき賃貸人の承諾を得ていないことは認めるがその他の事実は否認する。

3  同第3項の事実は認める。

4  原告の前記競落の価格は金五五万円余であったが、原告がその競落によって建物とともに右一八〇坪の土地の賃借権を取得したとすると、その借地権の価格は、更地価格につき固定資産税の課税標準額を基準とし、借地権の割合をその七割として、算出しても金一、〇〇〇万円を下ることがなく更地価格につき時価を基準とすれば金五、〇〇〇万円を超えるものであるから、競落価格と借地権の価格との間に著しい経済上の不均衡がある。したがって、原告が土地の賃借権を取得しても、その範囲は本件建物の敷地に及ばないというべきである。

三  被告(抗弁)

本件土地の所有者三原金吾は、昭和四五年六月一六日、訴外武蔵野自動車工業株式会社に対し、同会社が昭和四二年三月以降の本件土地の賃料を支払わなかったので、これを理由として本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

四  原告(抗弁に対する答弁)

訴外三原が被告主張の意思表示をしたことは認めるが、その他の事実は否認する。

理由

原告は、訴外武蔵野自動車工業株式会社が訴外三原金吾から賃借していた本件土地のうちの二〇〇坪につき、同会社所有の地上建物を競落したことによりその借地権を取得したと主張し右借地権に基づきその地上に存する本件建物収去敷地明渡を求めるのであるが、一般に、借地上の建物が譲渡されたときは、特段の事由のないかぎり、借地権もまた同時に譲渡されたものと解すべきであり、この理は競売による建物所有権の移転においても同様であるから、原告が右地上建物を競落したとすれば原告と右会社との間においては少くとも右二〇〇坪の土地のうち右建物の利用に必要な範囲の土地については、その借地権も原告に移転したということができる。しかし、右の借地権の移転につき、原告が未だ賃貸人の承諾を得ていないことは当事者間に争がない。

ところで、民法六一二条によれば賃貸人の承諾がなければ賃借権を譲渡することができないものとされているが、右の規定は、賃貸人の承諾がないかぎり譲渡の当事者間においてもその効力を否定する趣旨であると解すべき理由はないから、譲渡の契約により当事者間においては賃借権は有効に移転すると解して妨げないが、賃借権を賃貸人または他の第三者との関係においても有効に移転せしめるためには譲渡についての賃貸人の承諾を必要とすると解するのが相当である。この場合、右の第三者の範囲を民法一七七条における第三者のように制限的に解する余地はない。賃貸人の承諾は対抗要件ではなく譲渡の効力を生じさせるための要件であるからである。また、原告が競落建物の所有権を取得し、その登記を経由したとしても本件土地の賃借権の譲渡に関する賃貸人の承諾がない以上第三者に対する関係においては賃借権の譲渡の効力自体が生じていないのであるから、原告は、第三者に対し賃借権を主張することができない。対抗要件を具備した賃借権には排他的効力が認められるとしても、それは賃借人が第三者に対する関係においても有効に賃借権を取得した場合のことであって、賃借権の取得自体を主張できない本件においては、原告は、第三者である被告に対しその排他的効力を主張する余地がないというべきである。

そうとすれば、原告主張の事実がすべて認められるとしてもその主張の賃借権の取得を第三者である被告に対し主張することができないのであるから、これに基づいてその地上の被告所有の建物の収去敷地明渡を求める原告の本訴請求は爾余の点について判断するまでもなく失当といわなければならない。

よって、原告の請求を棄却し、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 橘勝治)

<以下省略>

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